作品名幻想峡
元ネタ東方Project
公開日記録なし(2015年頃か?)
公開場所産廃創想話
頒布イベントなし
掲載誌なし

§

釣れますか?

「さっぱりね。ほら」

魚籠の中は……確かに空っぽですね

「ここいらは普段は釣れるんだけど。最近はほら、何とかって船が来て根こそぎかっさらってくから」

ああ、そういえば。大きな船です、まるで家が乗っかっているような。

あそこで暮らしながら何日もごっそりと吊っていくのですね。

異国の船はこちらの海のことなど考えずに持っていきますからね

「ええ、困ったものだわ。おにいさんも、釣り?生憎この通りよ」

まあ。でも僕はその、魚の方が目当てという訳ではないので。

「あら、女性なら釣れると?」

確かに綺麗な、というか、釣りなんかしそうに見えない美人さんですね。

ああいえ、お気を悪くなさらずに。

その、まるで舞台女優さんの様で、こんなさびれた釣り場には似つかわしくないな、と。

僕は、そういうんじゃないです。

格好をつけて言えば〝太公望〟、暇潰しですね。

「あら残念。入れ食いなのに。おにいさん、さみしそうにしてるから。」

なんか後が怖そうなので遠慮しておきます、さみしい男やもめなのは間違いありませんけどね。

何とかには蛆がわく、というじゃないですか。まったくその通りですよ。

でも、穏やかで嫌いじゃないんです、ひとりっていうのは。

「あらあら、まだ若いのに、悟りには早いんじゃなくって?」

貴女に若いと言われるほどの歳じゃあないですよ、もう。

で、そういうのは抜きにして、お隣、いいですか?

「どーぞ、食欲も向かない女が隣でよければ」

じゃ、お邪魔しますね。

拗ねないで下さいよ、貴女はとても魅力的な女性だ。

「最初のひと針で釣り上げなかったのよ、二度とかかってあげない。あー勿体ない」

逃がした魚は大きかったかもしれません、本当に釣れたかどうかはわかりませんけどね。

「ほんと、見た目に似合わず中身は可愛くないのね、おにいさん」

恐縮です

「褒めてないわよ。

ところで、おにいさんこそなんでわざわざこんな辺鄙な釣り場へ?

釣るのが目的ではないとは言ったって、一番近い里からここまで三日はかかるわよ。

 近くには天縫川があるじゃない

あそこは、気を付けないと河童が釣れますから。

「針を伸ばしておきなさいな、そういうものでしょう?」

一回くらいは、引いてもらいたいものです

「太公望が聞いて呆れるわね。

 でもまあ、一尾や二尾なら、釣れるかもしれないわね、今日でも

ここは、何が釣れるんです?

「いろいろよ。海だもの、いろいろに決まっているじゃない」

はあ。もしかして、愛想を尽かされました?

「もう尽きてるわよ、こんないい女を前にして、そっぽ向くなんて」

その話はもう勘弁してくださいよ

「はいはい。じゃあこの青い空と広い海、海鳥の泣き声と潮騒に、

 穏やかな時間でも過ごしましょうね

それと、素敵な女性も、ね

「あなた、本当は〝釣り〟に来たんでしょう」

閑 と話 や休 す題 み

「ちょっと、ひいてるわよ、ちょっとおにいさん?

 麦わら帽子の中ではなちょうちん膨らませてる場合じゃなくってよ

えっ、わわ、ほんとうですね。

……それっ、ままよ!

ざっぱん

お。

「お。」

びちっ、びちっ

また変わった魚が釣れるんですね、この辺りは

「ええ、まあ。この辺りでは珍しくないけれど。

 河童とどっこいどっこいじゃないかしら

天縫川で河童が釣れたのは500年も前の話ですよ。

でも、これは。

(あの、たすけてください)

これもまた随分な魚ですね

「そう?ウロコサカナビト、人の擬態をする魚よ。

 この変じゃ珍しくはないわ

(みずを、みずをください)

しゃべってますけど……

「魚だってバカじゃあないわ、いつまでも人に釣られて食われるばかりじゃ能がない。

 長い年月の間に、人の同情を買う〝音〟を発して逃げることを覚えたのよ

(くるしい、くるしいよお)

そうなんですか?

とても……訴えかけてくるような目が……

「それじゃ魚類の思うツボだわ。

喋っているように見えても、こいつらはその意味なんて分かっていないのよ。

 ただ〝その音を発すれば逃がしてもらえるかも〟というだけ。

(おねがいです、みずに、かえしてください)

う、リリース、しようかな

「おまちなさいな、その魚、とってもおいしいのよ。

この辺では珍しくもないけれど、あなたの里では滅多に口にできない珍味よ。

 ワカサギって、知っているでしょう?

え、ああ、知っています。

でもワカサギはこんな、ほら指で足りるような大きさの小さな魚では…

「ワカサギ、どこで釣れるか見たことある?」

……ないですね

「そうでしょう?

 ワカサギが、店に並んでいるあの姿のまま海を泳いでいると思っているでしょう?

そうではないんですか?

「これだから最近の若い子は。ワカサギってのはね、このウロコサカナビトの切り身なのよ」

そうなんですか!?切り身……きりみ!?

(たすけてー、たすけてー……ぐるじいよお)

「店に並んでいる魚がみんなこんな風にしゃべっていたら、誰も食べないでしょう?

 だからこの辺の漁師がさばいてから卸すのよ。

そうなんですか……しりませんでした。

確かにこんな鳴き声で店に並んでいたら、誰も買わないですね。

(そこのかた、たすけてください、みず、みずがないとわたし、しんでしまいます)

それにしても、巧い擬態を、しますね

「でしょう?

でも、そんな真似じゃあ、アマチュア釣り人なら逃がしてくれるかもしれないけど

プロの漁師は騙されないわ。

だからちゃんとした流通でしか食べられない。

ワカサギとして流通するけど、だから、珍味なの。

 あの外国船もこれを底引きしていくのよ、やっぱり外国でも高く売れるんですって

へえ…まあ、これは、違う用途でも、売れそうですけど

「あらぁ、おにいさん、ほんとう見かけによらないのね。その通りよ。

 さばいてないウロコサカナビトが流通しないのは、そういう使い方で消費されちゃうからなの

な、なるほど。ワカサギってなかなか罪深い食べ物なんですね。

「さ、せっかく釣れたのだから、活きのいいウロコサカナビトを召し上がっていきなさいな。

 店に並んでるワカサギなんかよりよっぽどおいしいわよ

それはやまやまですが、僕は魚のさばき方なんか知らなくって

「あら、そうなの?男の子なのに情けない。

 私がさばいてあげるからそこで見てなさいな。

包丁なんてどこから取り出したのですか?

「さて、どこからでしょう?美女は謎が多いものよ」

はあ。やはりそちらを釣らなくて正解だったようですね

「運が良かったわね」

(ほうちょう!あわわ、わわ、いやだよーたすけてー)

びちびち跳ね始めましたね。包丁がわかるんでしょうか

「そりゃあ、逃げるための発声を身に付ける程進化した魚ですもの、

直接的な回避も会得してるでしょう。

 まあ、まな板の上のなんとやら、だけどね

(やめて!ころさないで!!

や、やっぱり見るに堪えない……

「最初はみんなそうよ。すぐになれるわ、ただの鳴き声なのだもの。」

ところでどうやって食べるんです?

「そりゃあもう、魚は断然おさしみよ。

 川魚と違って生でも安心だから

それは迷信では……

「でもウロコサカナビトに寄生虫は確認されていないから。

 安心して頂戴。私もよく食べているけど、へいきだし

ふむ。では、お任せしますね。

いやあ、でも、まさかワカサギがこんな魚の切り身だったなんて。

本物のワカサギ……ええと、ウロコサカナビトでしたっけ。

「ええ。それは学名だから。この辺の漁師はみんな、わかさぎひめ、って呼んでるわ」

……ひめ

「ええ。まあ、ダイオウグソクムシのダイオウの部分みたいなものね。

 親玉とか、でかいとか、そういう意味でしかないわ。

なるほど、納得です。

どんなにおいしいか、楽しみです。

「ふふ、おどろくわよ?じゃ、ちゃっちゃとさばきますか」

お願いします

(や、やだ、やだやだ、おねがい、たすけて)

「肌がつるつるしているから、先ずは俎板に打ち付けてしまうの。

 そこを支点に包丁を入れていくのが定番のさばき方ね

おや、それは?

「目打ち、といってね。これで俎板に打ち付けるのよ」

ああ、しっていますよ。屋台の女将がヤツメウナギをさばくのに使っていますね

「そ。やってみる?」

いえ、結構です。知っているだけで、やったことはありませんから。

それに、ウロコサカナビトにやるのを見るのは初めてです。

(やめて、やめて、たすけて。しにたくない、しにたくないよう)

「もう、お往生際が悪いわよ。おいしく頂かれちゃいなさいな」

だんっ!

(ぶげっ)

痛そうな声まで、よく再現していますね……

「魚には痛覚がないのだから、所詮擬態よ。

で、こうして、頭の上の方だけを留めるのがコツ。

 首と顎を残しておくとまだ鳴くから、鮮度の指標になるの

ははあ、なるほど。職人の知恵ですねえ

かつーん、かつーん

(あ、あ、あ、ああ、げ)

「こうしてしっかりと打ち付けておいて、じゃあ、身をさばきましょうか。

 まずは〝どうぐ〟を取り出してしまうわ。

どうぐ?

「こっちの方じゃ、内臓のことを〝どうぐ〟って言うの。知らない?道具汁とか、食べたことない?」

初耳です、勉強になります

「そうなのねえ、最近の子は食べないのかしら。

どうぐは身の方に残しておくとすぐに身の方の鮮度を落としてしまうから

先に取っちゃうのよ。どうぐはどうぐで、後でおいしく食べられるから。

 わかさぎひめに捨てるとこなし、ってね

(あた、ま、あたま……)

ははあ。海の恵みを残さず頂く、素晴らしいことです。

お腹は、まっしろですね。柔らかそう。

「ええ。〝そっち〟目的のお客は皆そういうわ。

この辺でとれるウロコサカナビト……わかさぎひめは、他のどこの部分も身は引き締まっているし

 脂が乗るべきところには乗っていて、評判がいいのよ

確かに、好事家には受けそうですね……

(うあ、あ、あが)

まだ鳴き声がするんですね

「ええ、鳴き声が聞こえるうちにさばき終えるのが腕の見せ所よ。

漁場の贅沢品はね、この鳴き声を聞きながらわかさぎひめの刺身を食べることなの。

もう、最高なんだから!

 おにいさんに、ぜひ味わわせてあげる

いやあ、楽しみですね。

わざわざ遠くまで足を延ばした買いがありました、

こんな素敵な女性にこんな珍味をごちそうになることができるなんて。

「ふふっ。

 あ、そこのバケツを取ってもらえるかしら。どうぐをいれておくわ。

どうぞ

「ありがと」

(ひ、は、や、だ、しにたく、な)

どちゃどちゃ、どちゃ

(わたひの、なかみ、とらないで)

「どうぐを取っちゃうと、あんまり身の部分はないでしょう?」

たしかに。胸部と、尻尾くらいですね。

「だから、切り身になってわかさぎになって流通するのよ。

 細切れにする以外に、仕方がないでしょう?

なるほどー。

「尻尾の方は、背骨まで刃を通して、そこから刃を斜めにして

目打ちした頭に引っ張らせるようにして、一気におろす。

身の流れに逆らわないように、刃を斜めから横に寝かせて、背骨と平行に、一気に。

これは結構テクニックがいるのよ。

 ……それっ!

ずぶ、さく、さくさく さく、さくさく、さく さく とん

(あ……あ、あ、ああ)

御美事。

すっかり綺麗に背骨と身がわかれましたね。

「こんどは尻尾を持って、下の半身と骨をおろすの。

これで三枚おろしよ。

このそれぞれ半身を短冊にしたのが、わかさぎね。

 それはお店で見たことがあるでしょう?

ええ。 さく、さくさく、さく だんっ

(あ……あし……とれちゃっ)

「これで、下半身はおしまい。

 あ、骨は乾かして骨せんべいにするから捨てちゃだめよ

わかさぎの骨せんべい!これは珍味ですね、里じゃ食べられない。

「でしょう?

 上半身は、先ずは手羽を落として

だんっ だんっ

(て、てぇ……しんじゃう、しんじゃう、たすけて……だれかぁ)

「胸部は、胸肉を削ぎ落してから、カマのから揚げにするの。

 骨まで食べれるように高圧でじっくり揚げるのよ。

胸肉は

「胸肉は希少部位。脂がコリコリしてるから、串焼きがいいのだけど……

うふふ、ここをお刺身で食べるのは最っっっっっ高なのよ。

みるみる味が落ちていくから、鮮度がモノを言うわ。

 それこそ、鳴き声を聞きながらくらいでないと、ダメ

それも、いただけるんですか?

「とくべつよ~?」」

しゃく、しゃくしゃく、しゃく、しゃく

「はい、わかさぎひめのおっぱい肉。一度食べたら〝永遠に〟忘れられないんだから。

 じゃ、あとは胸の部分を首から斬り落としてと

ざく

(は、はへ……くび、だけに)

頭は、どうするんです?

「上半分が潰れてしまっているから。

 ほほ肉だけ取って、あとは上半身と一緒に高圧フライ。

ほほ肉?

「ええ。ほほ肉のステーキも、なかなかよ。市場には出回らないんだから」

さり、さりさり

(うぁ、ぁ、あぁ)

これで、概ね解体できましたね。

「ええ。どーお?まだ鳴き声聞えるでしょう?

 ささ、お刺身にするから座って座って

(たす、けて)

はい! め場 し面 あ暗 が転 れ

「さ、どうぞ、召し上がれ」

いただきます

(あれ……それ、わたしの、あし)

おいしい!

いやこれが、わかさぎひめ、ですか!

店売りのわかさぎとは雲泥の差ですね!

「だしょ~?」

脂が乗っていて、でも臭みがない。

脂がしゃくしゃくしていて

魚なのにまるで動物の肉のようにジューシーだ。

ううん、これは絶品!

海にはこんなにも素敵な食材があったんですね!

(わたしの、おなか……)

「この辺の海は、ウロコサカナビト以外にもいっぱい美味しい魚介類がとれるわよ。

 あなたも〝こっち〟にいらっしゃいな

いいえ、これはたまに食べるからこそ珍味なんです。

毎日食べてしまっては、勿体ない。

余所者の僕は、はるばるわざわざ足を運んで食べるからこそ、価値がある。

「ふふ、賢明な判断ね。

 さあ、さばいた分はまだまだあるわ、これだけは食べちゃってね?

はい、よろこんで

(わたしの)

再 ち度 そ場 う面 さ転 まおや、貴女の竿もひいていますよ

「あら?あらあら。

 よい、しょっと!

びち、びちっ

これは……今度こそひとでは?

手足があるようですが……。

「これはヒトデよ。ほら、5方向に突起があって、星の形をしているでしょう?」

まあ、たしかにそういわれてみれば。

いたっ、星型の砂を飛ばしてきましたよ!?

「蛸や烏賊の墨とおんなじ。はは、やられたわね。

そのヒトデも食べられるわよ?

 干物にすればおいしいの。お土産にどお?

まいったな、この海は本当に食材の宝庫ですね。

そういえば、この辺の海は、何と呼ばれているんです?

「名前?」

ええ。〝あそこ〟や〝あのばしょ〟じゃ忘れてしまいそうで。

「そう、じゃあ教えてあげる。この海はね」

幻想峡っていうの。